乳牛と酪農を科学する

乳牛と酪農を科学する

乳牛の栄養や酪農システムについて大学教授がつぶやきます

チーズを巡る問題と相手の身になって考えることの大切さ:日欧EPA大筋合意

私は学会参加などでヨーロッパに出張することがあります。


最近出かけたオランダ、フランス、ドイツなどでは物価が高く、滞在中は食事のたびに飛んでいくお金に気が滅入ります。

そんな物価の高いヨーロッパですが、中にはとてもお値打ちな食材があります。

それはチーズです。

 

↓フランスの農村で売られていたチーズ

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我が家は晩酌はワインが多いので、長期熟成のハードタイプチーズはつまみとして食卓に上る機会が多いです。

24ヵ月、36ヵ月といった長期間熟成チーズは、アミノ酸が結晶化しジャリッとしたうまみが口中に広がります。

 

これが現地では安いので、渡欧すると大きなかたまりで買って帰ります。日本だと、デパ地下や輸入食材の店などで売られていますが、小さなスライスで1000円以上というのが珍しくありません。

ヨーロッパのワインやチーズはさすがにブランド力があって、クオリティも高いです。日本のチーズ職人やワイン醸造家もフランスやイタリアで修行したということをよく耳にします。

 

このヨーロッパからの農産物の関税の大半が撤廃されるという協定が結ばれました。
先日も触れた日欧EPAです。

昨日7月7日の日本農業新聞では、「国内打撃計り知れず」として一面ブチ抜きの大記事として取り上げられました。

www.agrinews.co.jp

 

これまでの貿易自由化協定では、たとえば「米」のように日本の品質は素晴らしいので仮に安い外国産が入ってきても、国民は国産米を食べるから大きな問題ではない、という論調を政府は用いていました。

しかし、対ヨーロッパとなると話は変わります。
ヨーロッパ産のワインやチーズは、いわば老舗の高品質商品です。方や日本産はまだまだ歴史が浅く、保護がなければ太刀打ちは厳しいでしょう。

我が家も国産ワインが食卓に上ることはほとんどありません。白やロゼはまずまずですが、赤や国産ワインの価格帯(数千円)を考えると、どうしてもフランスワインに流れてしまいます。

 

今回のナチュラルチーズの無税輸入量は将来的に3.1万トンに上ります。

国産のナチュラルチーズ生産量は4.6万トン、加工用を除く直接消費用だと国産は2.2万トンしかありません(チーズ需給表H27年度、農水省)。この約2万トンを大きく上回る高品質チーズが無税で輸入されるようになることが、たいした議論もなく決まってしまいました。

ちなみにチーズの関税はおよそ30%です。1000円のチーズを買うと300円は税金ということになります。


日本農業新聞によると「日本政府は最終局面でも交渉が難航していると強調していた」そうですが、わずか1時間の協議で大筋合意にいたったそうです。さらに、岸田外相はなんとその交渉の場に二つの「だるま」を持ち込んでおり、合意後の記者会見では「だるま」に目を書込み、満面の笑みで記念写真に写っていました。明らかに出来レースです。

www.nikkei.com

 

・人口減少で国内消費が縮小し、モノを売ることがますます難しくなってきている日本。
・(我が家もそうですが)世帯収入が増えず少しでも食費を安く上げたいと考える人が主流となっている日本。
・意欲ある農家が頑張ることで地方の農村が存続している日本。

このような日本の現状を考えると、ブランド力のある安い農産物の輸入量が増えることには深い議論が求められます。

 

私はこのブログで政治色を出すつもりはありませんが、議論のないままの決断は拙速だったと感じられます。

喜ぶ人もいる反面、困る人も大勢いる問題ですから、公の場に「だるま」を持ち込む神経も私には理解できません。

敬愛する池波正太郎氏は、作中で何度もこう述べています。

「大事なことは相手の身になって考えることだ」と。