先日、乳牛の脂質や脂肪酸の栄養学について原稿をまとめました。
私の研究の柱は、牛の第一胃(ルーメン)に存在する内容物やそこに生息する微生物を健康に維持しつつ、乳量を最大にするためにはどのようなエサを与えたら良いかということです。
牛がメインとする栄養素は草やデンプンといった炭水化物とタンパク質なので、脂質はサブの栄養素です。
肉食動物だと補食した動物をエサにするわけですから、脂質を利用する機能が強化されていますが、植物を主食とする牛には脂質の利用は補助的なものにすぎません。
↓通常、ウシのエサには3~5%くらいの脂質が含まれます。
そのため、私もこれまでは脂質の栄養についてそれほど重視してきてはいませんでしたし、脂質についての知識もそれほど豊富なわけではありませんでした。
そのようなわけで、今回の原稿依頼も一瞬受けるのを躊躇しました。案の定、死にものぐるいの勉強が必要になり、書き上げるまでに相当のガンバリが必要でした。
ですが、書き終えた今は、自分の成長が実感できています。引出しが一つ増えました。やはり受けてよかったです。
脂と油の話し
ひと言に脂質といいますが、脂肪、油、脂肪酸、などいろいろな呼び名があります。
普段の生活において「あぶら」といえば、油脂(中性脂肪)を意味します。油脂を使い分ける場合、常温で固体のものは「脂肪」、液体のものは「油」と表現します。
私が子どもの頃、実家のラーメン屋で父が缶に入ったラード(豚の脂肪)のかたまりを巨大なお玉ですくって中華鍋に投入すると、瞬間的に溶けて液体になるのをいつも不思議に見ていました。
あれを脂質の科学的に表現すると、常温で「脂肪」だったラードが、高温の鍋に入れると溶けて「油」になったということを意味しています。
あ~、父親のラーメンを食べたい(^^;)
動物性脂肪にはラード以外に身近なものがもう一つあります。
それはバターです。
バターも常温でかたまりの脂です。
このように動物性脂肪は常温でかたまりとして存在します。なぜなら、動物性脂肪は温かい体内にあるものだからです。体温程度の温かさで脂肪が液体になってしまっていては、身体がタプタプになって保持できなくなってしまいます。お腹や女性のおっぱいにくっついている「脂肪」が液状の「油」だとしたら大変なことになります(^^;)
動物性脂肪はかたまりやすい性質なので、日常的に多量に摂取すると血液の中でもかたまってしまう可能性があります。これが血栓で、血栓が血管の中で詰まると梗塞になってしまいます。
かたや植物性のサラダ油は常温で液体です。ボトルに入った油が固まっているのはみたことがありませんよね。
魚のアブラも液体の油です。
ラーメンは冷めてくると、スープに浮いた脂が白くかたまります。ラードのかたまりです。
牛ホルモンのもつ鍋も冷めると汁の上に脂が浮きます。こちらは即席のバターですね。
ですが、鮭の頭など魚のあらを入れた味噌汁や、鱈ちりなどの魚を入れた鍋料理が、冷めたからといって汁に脂がかたまりとなって浮くことはありません。
これは魚の脂は、少しくらい冷えても液体で存在することを意味しています。
植物や魚は寒い野外や冷たい水の中で生活しています。動物と違って体温を温めることができないので、外界の温度=自分たちの温度になります。
それらのアブラが温度が低くなるたびに「油」から「脂」になって、かたまってしまったらどうなるでしょうか。
冷蔵庫から出したてのバターはハンパなく堅いですが、外気温や水中が冷蔵庫くらいに冷えることは珍しくありません。植物や魚の油がバターのように固まるとおかしなことになってしまいます。
植物はしなっと風にたゆたうことができなくなるし、魚は俊敏に泳ぐことができなくなります。
魚の油は植物油よりもさらに低い温度でも液体の状態を維持します。冷たい海の底でも彼らは生活していますので。
このことが魚のアブラが健康に良いとされる理由の一つです。人の体内は温かいので、魚の油が固まって血栓になるリスクがとても低いからです。
今回は油をかたまりやすいかどうかのみで解説しましたが、牛や豚といった獣脂の味わい深さは植物や魚の脂をしのぎます。これは、油をかたまりやすさといった健康面だけで論じるのではなく、食品としてとらえることの大切さを意味します。
おいしさや生活の豊かさは、生きていく上でとても大切な要素です。
健康面だけをガチガチに意識しすぎると、生活が味気ないものになってしまいます。
動物性、植物性&魚系、「あぶら」を使い分けて、適度なバランスで幸せな食生活を送りたいものです。
あぶらの話し、次回は最近よく耳にする「脂肪酸」について解説しましょう。