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心にポッカリと穴、日高晤郞ショー

今日の話題は、北海道ローカルになります。

それも、好きな人にしかわからない話題ですが、書いておきたいと思います。

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尊敬する人はいますか?

と問われると、私は必ず、二人の人物を挙げます。

 

作家の池波正太郎
芸人の日高晤郞さん

 

私は、大のAMラジオ好きです。
音楽よりも、“人”に興味があるからです。

AMラジオからは、FMと違って、リスナーからの悩み、喜び、幸せなどが届きます。
そこには、学びがあったり、励まされたり、元気づけられたり、とても多くの実りがあります。

 

その中でも、私が敬愛している番組が、STVラジオで放送されている「日高晤郞ショー」です。
毎週土曜の朝8時から、夕方5時まで、9時間生放送で、40年近く休みなく続いています。

そのパーソナリティー、日高晤郞さんが逝去しました。

 

私が、晤郞ショーを聴き始めたのは、高校生くらいだったはずです。
当時、実家のラーメン屋で、両親が店内でかけていたラジオを聞いたのがきっかけです。

 

良いものは良い、悪いものは悪い、間違っていることはお客さんであろうと偉い人であろうと間違っている、私たちが言いにくいことを、晤郞さんは明快に断言してくれました。


強者には立ち向かい、弱者には寄り添ってくれ、どんなときも、笑顔でした。
彼は命を削って、プロの芸人として、番組を続けていました。

まさに、プロフェッショナルでした。

 

番組ラストで、「街の灯り」が歌われ、「今週よりも来週はもっとおもしろい放送をします。ありがとうございました、また来週!」という元気な晤郞さんの声で、エンディングです。

 

「どんなに辛くても、スタジオにおいで、笑うことで元気が出るから」
「良く笑えた日は佳い一日だ」
「治る病気は良い病気だよ。病気を経験することで、周りの人の大切さに気付くことができるから」
「日々幸せ感じ上手」
「辛くても、一週間乗り切るんだよ。土曜日になれば、また笑えるから」

 

といった、心に響く言葉の数々や、心の優しさを、晤郞さんからは学びました。

それだけではなく、文化、歴史、映画、本、猛烈に勉強する彼からは、本物の教養も学ぶことができました。


晤郞ショーを経験したスタッフ、リスナーは、晤郞さんに厳しく育てられます。
その厳しさが、聞く側の好き嫌いを分けていたのだと思います。

彼を好ましく思っていない人は大勢いました。

ですが、私は、彼の厳しさに触れて、成長することができました。

 

私が、家庭内の大きな苦しみを抱えていたとき、週末は晤郞ショーを聴きながら、当てもなくドライブしたものです。

晤郞ショーを聴いているときだけは、心がほぐれました。

エンディングの「街の灯り」が流れ、本物の街の灯りを眺めながら、「あれは何をささやいているのかな、愛が芽生えているのかな」と感傷に浸っていたことを、思い出します。

 

土曜の朝は、子どもがテレビを見ていても、8時になったら必ず晤郞ショーでした。

 

厳密には、「日高晤郞ショー」の最終回は訪れていません。

晤郞さんが亡くなる2週間前までは放送があったし、先週もピンチヒッターでしたが、放送がありました。

 

そんな屁理屈を言って、晤郞ショーのことを過去形ではなく、現在形で書きたい、と思う自分がいます。

何十年も輝いていた笑顔であふれる大きな星、その星が落ちた、そんな気持ちで胸が一杯です。

落ち込んでいたら、晤郞さんに怒られそうです。