ちまたでは、某大臣の不用意な発言で、大学入試の英語についてすったもんだになっています。
私は、英語が堪能な妻とこの件で話をしました。
妻はTOEICと英検の両方について高得点を取得していますが、両者の得点を取るためのスキルは全く異なると言うはなしです。
極端な話し、TOEICが900点超えだからといって、英検の1級をとれるかというと、それは別の技能になるそうです。
私自身が経験したわけではないので、英語のテストに深入りするのはやめておきますが、今回の見直しは良かったのでしょう。
さて、これに関連して、某大臣の発言です。
私もニュース番組でみましたが、某大臣は「身の丈発言の部分だけ切り取られると、誤解される恐れがある、ムニャムニャ」と語っていました。
私は画面を見て、これは半分事実、半分言い逃れだろうなと感じていました。
こういったことは、人ごとのように思っていましたが、私も同じような経験に見舞われてしまいました。
私は、ある酪農業界雑誌からオファーを受けて、原稿を寄稿しました。
その雑誌では、記事のタイトルは著者が付けません。
編集者が、記事中の適当なフレーズを切り取って、タイトルとします。
印刷されて雑誌となった私の記事を見ると、私の意図とは異なるフレーズが大きく見出しに付けられていました。
タイトルの文は、確かに、本文中に私自身の言葉として、書いた内容です。
ですが、それは決して本筋ではなく、話しの流れの付け足し部分といってもよい部分でした。
「このタイトルだと、誤解されそうだなあ、言いたいことは別のことなのになあ」
出来上がりをみて、残念な気持ちになりました。
今回の経験を通して、断片を切り取られる側の怖さ(歯がみするような思い)と、切り取る側の意図(操作)について考えさせられました。
一面だけでなく、中身をトータルで判断することの大切さを、身を持って体験しました。
ひょっとしたら、閣僚の失言も、似たような情報の意図的な切り取りがあるのかもしれませんね。