乳牛と酪農を科学する

乳牛と酪農を科学する

乳牛の栄養や酪農システムについて大学教授がつぶやきます

普及の本質は愛なり

酪農業界に身を置かない読者さんにとって、「普及」という言葉を聞いてどのような意味を思い起こすでしょうか?

 

スマホの普及?

電気自動車の普及?

電子マネーの普及?

 

新しい物事が世の中に広まっていく、そんなイメージではないでしょうか?

 

酪農の現場において「普及」といいますと、農業改良普及員という専門家による、農家への技術普及を意味します。

 

酪農の技術は日進月歩。

大学では当然、最新技術を教えますが、日々の営農作業に忙殺されている農家さんが常に最新の情報を入手できるとは限りません。

 

牛舎の新築をしたい、牛の飼い方をより良いものにしたい、経営を改善したい、新しい作業機械を入れたいがその情報(口コミ)を入手したい、農家の様々な要望に応えるのが普及員の仕事内容になります。

 

僕の酪農の師匠には普及員の大先輩が多くいます。

 

今回、広島大学で、友人のS教授が主催したセミナーに参加してきました。

現役からOBまで、数多くの普及員の方々が、若い酪農家夫婦が営む酪農場の経営をより良くするために活発な議論を展開しました。

 

少なくない課題を抱えている酪農場において、酪農家の意欲を折らずに、前向きになれ、かつ経営(収入)が良くなる提案をするのが普及です。

 

若手の研修生は若いなりにまっすぐな提案を考え出しました。

大先輩の師匠たちは、より複雑で、奥深い、そして実践的な提案をしてくれました。

 

そんな彼らの発表を聞いて、僕も学生たちの授業で伝えたい多くのヒントを頂戴することができました。

 

白眉だったのは、僕が最も敬愛する81歳になるM師匠の言葉でした。


心配顔の酪農家夫婦を前に、「(抱えている負債の額が大きいので)この3年間は、死に物狂いで頑張り、より収入を増やす努力をするしかない。人生には勝負をかけなきゃいけないときがあり、その時は必死になって勝負をかけて、実績を示す。その必死さが伝わると、農協などの関係機関も親身になって手を差し伸べてくれる」と、具体的なアドバイスに加えて、温かく包み込むような激励のメッセージを送っていました。

 

そこには、若い酪農経営者に対する愛情が全面ににじみ出ていました。

ロマンチストの僕などは、涙がこみ上げそうになるメッセージでした。

 

普及の真髄は、相手の身になって考える「愛」なんだなあと胸に染みいりました。

 

僕なんかとは年季の違い、懐の深さの違いを、見せつけられた思いがしました。

 

この先、あの酪農家夫婦の牧場がどのように変わっていくのか、期待を込めて再訪の時を待ちたいと思います。

 

↓エサ押しのお手本を見せるM師匠(81歳!)