今回の国際学会は、ISNH2018という学会でした。
日本語にすると、国際草食動物栄養学会ということになるでしょうか。
メインテーマは、ウシ、ヒツジなどの草食家畜の栄養学です。
私の専門に関するところで、発表題数の多かった話題は次のような感じです。
・反芻家畜由来のメタン排泄量の抑制
・アニマルウェルフェア(家畜の福祉)
・ルーメンアシドーシスの予防
ルーメンアシドーシスは、牛の1番目の胃であるルーメン内が、酸性になって、ルーメン内に生息する微生物がダメージを受けたり、ルーメン粘膜(上皮組織)が損傷してしまうという病的な状態のことです。
ちなみにpHは、7より高いとアルカリ状態で、塩基性とよびます。
一方、7より低いと酸性で、英語ではアシッドな状態になります。アシドーシスはここから来ています。
日本語でpHを語るとき、酸性側は日本語、アルカリ性側は外来語で呼ぶのが一般的です。ちょっとおもしろいですね。
さて、ルーメンアシドーシスに関するシンポジウムが、最終日のほぼ丸々1日を費やして、行われました。
多くの国際学会誌で論文を発表している、野球でいえばメジャーリーガーのような研究者が、数多く演壇に立ちました。
資料をパッキングしてしまったので、思い出すままに整理します。
まずは、ルーメンアシドーシスの発生状況について、世界的な、歴史的なトレンドについての、発表がありました。
世界的にみて、減り続ける農家戸数、増え続ける人口と畜産物の消費量、この二つの要因から、生産性を高める必要に迫られており、反芻家畜に少々無理をしてでも穀物を多く与える傾向が強まっています。穀物を与えると、生産量が増えるからです。
ですが、穀物は、ルーメンアシドーシスを促進する方向に作用します。
この地球規模の流れは、牛のルーメンpHを下げ、アシドーシスを広める方向に作用します。
マーケットや消費者目線ではどうでしょうか。
少しでも安い畜産物が欲しい層は、穀物を与えた生産性の高い畜産生産を求めます。これは、やはりルーメンアシドーシスを助長します。
一方で、アニマルウェルフェアに配慮して、健康でハッピーに育てられた家畜からの畜産物を欲しい層も存在します。この層が求める飼い方をすると、牧草中心の飼い方となり、ルーメンアシドーシスは減る方向に向かいます。
フランスで、スーパーマーケットを回ると、BIO(オーガニック、有機生産)や、EUやフランス国内の認証を受けたという、シールを貼った畜産物が数多く陳列されています。こういった畜産物は、おそらく、ルーメンアシドーシスのリスクの少ない、穏やかな飼い方をされた家畜由来なのでしょう。
そうでない、慣行的に穀物を大量に給与し、成長を早めたり、生産量を増やす飼い方をされた畜産物との価格差までは、リサーチできませんでした。ですが、おそらくBIO畜産物の方が値段は高いでしょう。
フランスは、日本人からすると、とにかく物価が高いです。
出張中は、慎ましく生活していても、飛ぶようにお金が消えていきました。
裏を返すと、あの高い物価の中で庶民が生活しているということなので、あちらの国民は、日本よりも裕福なのかもしれません。
日本の向上しない収入状況では、ルーメンアシドーシスを軽減する方向、すなわち家畜の生産性を下げる方向、言い換えるとコストが上がる方向には向かいにくいように思います。
そうすると、少なくとも日本の家畜や日本が輸入する家畜たちは、ルーメンアシドーシスのリスクの高い飼われ方をしている比率が高いと考えられます。
今回の発表では、エサのやり方の工夫、ルーメンアシドーシスに強い系統(牛個体)の選抜など、いかにルーメンアシドーシスを予防または減らすかという演題が数多く見られました。
我々研究者は、ルーメンアシドーシスの軽減に向けて、技術的な方法の開発に積極的に取り組まなければならないでしょう。