乳牛と酪農を科学する

乳牛と酪農を科学する

乳牛の栄養や酪農システムについて大学教授がつぶやきます

なぜ母牛は身を削ってでも乳脂肪を作るのですか

牛乳には脂肪が含まれています。

牛乳に含まれる脂肪ということで乳脂肪と呼ばれ、その濃度は乳脂率といって、ホルスタイン種では平均すると4%くらいになります。

乳脂率は乳成分の中でも変動が大きいのですが、3.5%を下回るものから、5%以上まで季節や個体差によってバラつきます。

 

ちなみに乳脂率が3.5%を下回ると、ペナルティといって牛乳を買い取ってくれる乳業メーカーが酪農家に支払う価格が減少する場合があります。薄くて水っぽい牛乳に普段通りのお金を支払えませんよ、ということですね。

 

一方、5%を越える乳脂率というのは、ウシの健康が異常な状態にある可能性が高いことを意味します。

牛乳の脂肪が濃すぎるということは、血液中の脂肪濃度が高くなりすぎていることを意味します。これって、ヒトも同じで、ドロドロの血液は成人病のもとになります。ウシでも脂ぎった血液が長期間続くと脂肪肝になってしまいます。

 

ここで興味深いのは、ヒトの血液が脂ぎるときは食べ過ぎ、飲み過ぎの栄養過多なときですが、ウシの場合は逆だということです。ウシでは、栄養不足の時に、体に蓄えた脂肪を削ってエネルギー源にするので、血液が脂っこくなるのです。

ラクダがエサの不足する砂漠を旅するときに、コブに蓄えた脂肪を使って生存するのと同じです。したがって、ウシでは栄養状態が改善されると、血液中の脂肪濃度は低下していきます。

乳脂肪は薄くても、濃すぎても塩梅が良くないというわけです。

 

さて、乳脂肪が高すぎる場合ですが、血液中に溶け出した脂肪は、脂肪酸という形で乳腺に届きます。乳腺(オッパイ)というのは牛乳や乳成分をつくる場所です。
乳腺では、脂肪酸を3つとグリセロール(グリセリン)というアルコールの一種を1つ使って、乳脂肪分子を1個組み立てます。

 

このグリセロールですが、どこからやってくるかというと血液中から直接乳腺内に取り込まれるものと、乳腺内でブドウ糖グルコース)から作られるものに大別されます。

 

と、ここまでのメカニズムをご理解いただいて、ここからが今日の本題です。


最近、知人の現役獣医師から質問が届きました。

乳脂率が5%を越えるような状況で、乳腺で乳脂肪を作るときを考えてみます。

エネルギーバランスがマイナスの栄養失調状態のウシでは、体脂肪を削っているので(痩せていく状態ですね)、脂肪酸は血液中にあふれるほどあります。

一方で、グリセロールはブドウ糖から作らなければいけないのですが、栄養失調なので血液中のブドウ糖はそれほど余裕がないはずです。

 

いくら脂肪酸があふれるほどあっても、そのような状況で、貴重なブドウ糖を使ってグリセロールを作るということは、母牛のさらなる栄養失調を助長することになるのではないか、という疑問でした。

 

なるほど、言われてみると、たしかにその通りです。

この状態のウシは、ブドウ糖が足りないので、体脂肪を使ってエネルギー源としているのですから。

 

体脂肪動員すると乳脂率が異様に高くなるということが当たり前すぎて、そこから深掘りして考えることが、これまで僕にはありませんでした。

 

世の中、無から有を産み出すには必ず材料とエネルギーが必要です。

グリセロールだって同じです。

なぜ、エネルギー不足の時に、さらにエネルギーを消費して乳脂肪を作るのでしょうか?

 

ここからは、僕の根拠のない仮説です。

乳は、本来、母牛がメンコイ自分の子牛に飲ませるものです。

母体が栄養不足ということは、母親の命に危機が迫っていると言えなくもありません。

母は、自分の命を犠牲にしてでも(さらなる栄養失調になろうとも)、子牛へ栄養を与え、我が子を少しでも長く生きながらえさせようとしているのかもしれません。

あくまでも、僕の空想ですが・・・

 

今回は一例ですが、自分では思いつかない疑問をもらえると、自分の中の常識について改めて深く考えるきっかけをもらえます。

ヒトと会話することでアイデアは深まっていくようです。

 

↓我が家にミカンという子犬がやってきて2ヵ月が過ぎました。

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