乳牛と酪農を科学する

乳牛と酪農を科学する

乳牛の栄養や酪農システムについて大学教授がつぶやきます

理論と現場感覚のズレ

先日、酪農セミナーに参加してきました。

この時期は、農閑期でもあり、実習もないので、本学の農場技師とともに参加する機会が多くあります。

その時も牛舎の技師と一緒でした。

 

技師と参加したことで、興味深い経験をしました。

 

その日は、新進気鋭の外国人講師が、欧米の最新の研究論文をもとに、子牛の哺乳に関する技術を紹介してくれました。

 

「出生直後の子牛には、できるだけ早く、初乳を飲ませること。例えば出生後1時間以内といったように、早ければ早いほど理想的である」

 

初乳中には、免疫グロブリンというタンパク質が含まれています。

出生直後の子牛は、この免疫物質を腸から吸収できますが、その能力は時間とともに失われていくので、初乳を飲ませるにはスピードが大切だということです。

 

初乳で良く言われるのは、高品質のものを(Quality)、迅速に(Quickly)、充分なだけ(Quantity)与えなさいという、3つのQがあります。

 

次に、「初乳は、母親の牛体や敷料(寝わら)由来の大腸菌で汚染されている可能性がある。したがって、殺菌(パスチャライズ)してから飲ませることが望ましい」

 

出生直後の子牛の小腸には、免疫グロブリンのような大きな分子を取り込むことができる隙間が空いています。

その隙間からは、都合良く身体に必要な物質だけが進入するわけではありません。悪い物質も体内に入り込んでしまえるのです。例えば、大腸菌などの悪玉菌や、その他の病原物質です。

 

そこで、菌が混ざっていない、きれいな初乳を飲ませることが大切だと、講師は強調したわけです。

 

初乳を殺菌するためには、加熱しなくてはなりません。私たちがイメージするのは、ぐつぐつ煮立てる方法ですよね。

ですが、煮てしまうとタンパク質が変性してしまうので、免疫グロブリンの機能が失われてしまいます。そこで、60℃、30分といった低温殺菌が必要になります。

 

この二つの解説、どちらも理にかなっています。
私は、目新しくはありませんが、ためになったということで、その日は帰路につきました。

 

翌日、職員室で昼食をとっていたとき、セミナーに同行していた技師が、次のようにつぶやきました。

 

「この前の講師は殺菌した初乳を直ちに子牛に飲ませることが大切といっていました。

でも、初乳は母牛から搾らなければならないわけですよね。分娩したての母牛はグッタリしているから、一休みしないと初乳を搾れません。

さらに、もし初乳を低温殺菌するなら、搾ってから温めて殺菌する時間と、子牛が飲めるように人肌まで冷ます時間が必要なわけで、どれだけ急いでも1時間以上はかかってしまいますよね。ヘタしたら、数時間かかることもありますし」

 

本学農場では、子牛が飲みきれなかった初乳を冷凍で保管しておき、それを解凍して与えています。

分娩の最中に、ぬるま湯につけて解凍しておくと、出生後、直ちに子牛に与えることができます。

 

セミナーの講師は、搾りたての初乳なのか、ストックしておいた冷凍初乳なのか、どちらを指していたのでしょうか。もし搾りたてを意図していたとしたら、現実的には少し難しいかもしれません。

 

質問タイムがあったんだから、質問しなくちゃ、突っ込みを入れましたが、一方では、さすが現場の技師だなと感心しました。

 

私たち学者は、机上の理論でものを言ってしまいがちです。
ですが、現場に当てはめると「正論ではあるけど実行するのは難しいよ」ということが少なくないでしょう。。

現場感覚って大切ですね。

 

この手のことは、管理職や経営者vs現場でも、ちょくちょくありそうです。
教員と学生、親と子の間なんかにも、ありそうですね。

 

作家の池波正太郎氏が、よく書いていました。

「大切なのは相手の身になって考えること、なんだよ」と。

 

ニュージーランドの省力化、大量哺乳

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