昨日、妻と二人でNHKスペシャルを観ました。
テーマは、難病で死に向かうしかない女性、私とほぼ同年代、の最期を追ったドキュメンタリーでした。
番組では、人工呼吸器をつけて、まばたき以外は身体を動かせなくなる、しかし脳はしっかりしていて考えることだけは可能、という恐ろしくも切ない病に冒された女性の決断の過程が描かれていました。
意識と身体の自由がしっかりしている間に、安楽死が制度として認められているスイスに渡り、尊厳を保ちたい女性。
これまでの苦しみ、今後の本人の苦悩を思うあまり、女性の意思に賛同する二人の姉。
命を自ら絶ってしまうことに納得できず、考えを改めるように説得を続ける女性の妹。
4人の苦悩が描かれます。
一方で、母と娘に見守られて、人工呼吸器を付けてでも生き続けようと決断したもう一人の女性も取り上げられました。
この病気は、身体は不自由ですが目のまばたきで意思疎通が可能なので、普段の何げない会話が生きがいだと、こちらの女性は語っていました。
お二人とも、発病時期は今の私や妻と同じ年代だったので、とりわけ心に応えました。
「身動きがとれなくなり、自分が自分でなくなってしまうことへの恐怖や苦しみから逃れたい」
「おいしく料理を食べられて、楽しく会話ができているうちに、人生の幕を下ろしたい」
そのような想いが、安楽死を決断した女性から伝わってきました。
私たち夫婦は、女性の決断に賛同する気持ち、反対する気持ち、番組を観ている間中、心が揺れ動きました。
番組後も答えを見いだせません。
そして、この番組に対して、私たち夫婦がもっとも疑問に思ったのは、ラストに向かうシーンです。
女性が、安楽死を選択し、いのちを閉じるその瞬間までがノーカットで放映されました。
私は番組開始後、数分たってからチャンネルを合わせたので、ひょっとしたら冒頭にそういったシーンがあるという注意書きがあったのかもしれません。
ですが、一部始終を私たちは見届けることになりました。
途中でチャンネルを変えればいいじゃんという声も聞こえてくるかもしれませんが、映像の前で私たちは動くことができませんでした。
自らの意思で幕を下ろす死というものの、周囲へ与える計り知れない影響力を感じた瞬間です。
全く面識のない自分ですらこのような衝撃を受けるのですから、身近な人の自死に際して家族や友人はどういった衝撃を受けるのでしょうか。
私は安楽死や尊厳死についての新書を学生時代に読んだことがあります。
祖父母が意識のない中、長期間入院し、看病を続けた経験がきっかけです。
そういった点で、多少は今回のテーマにも免疫を持っていたつもりでしたが、文字での情報と映像のインパクトは全く別ものだということがわかりました。
問題提起として番組を否定はしませんが、死の瞬間を映像で流す必要があったのかどうか、私は疑問に思いました。